第十一章 天親章

天親菩薩造論説 帰命無碍光如来
依修多羅顕真実 光闡横超大誓願
広由本願力廻向 為度群生彰一心
帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
遊煩悩林現神通 入生死薗示応化

天親菩薩『論』(浄土論)を造りて説(と)かく、無礙光如来に帰命したてまつる。
修多羅(しゅたら)に依りて真実を顕して、横超の大誓願を光闡(こうせん)す。

広く本願力の廻向に由りて、群生を度せんがために一心を彰す。
功徳大宝海に帰入すれば、必ず大会衆(だいえしゅ)の数に入ることを獲(う)。

蓮華蔵世界に至ることを得れば、即ち真如法性の身を証せしむと。
煩悩の林に遊んで神通を現じ、生死の薗に入りて応化を示すといえり。

 お釈迦様がお亡くなりになり、約九百年後に北印度にお生まれになりました天親菩薩は、浄土論を造られてその冒頭に、「世尊よ(お釈迦様)私は無碍光如来(阿弥陀如来)の仰せに一すじに(一心に)信順して、阿弥陀如来の浄土に往生することを願います」と自分の信仰をお述べになりました。そして大無量寿経によって真実の救いを顕わして、広く明らかに他力の本願を説かれました。

 一切の人々を救うために本願力の恵みによる他力の一心を救いの因と顕わされ、あらゆる功徳の宝を海の如くに収めた名号のいわれを聞き開くことによって、この迷いの世界にありながら、浄土の清らかな菩薩の仲間に入り、そしてやがて仏の世界に到れば速やかに真如の悟りを聞いて、煩悩の林の如く充満する迷いの世界に帰り来て、神通力を以てその人々を救うのであるとお説きになりました。

一 小乗仏教より大乗仏教へ

 お釈迦様が涅槃の雲におかくれになって約900年後に、北印度にお生まれになったのが天親菩薩であります。天親菩薩は三人兄弟で、兄さんを無着(むじゃく)と言い、弟を獅子覚(ししかく)と言いました。

 早くより仏道に入りて小乗仏教を学ばれ、インド随一の学匠とうたわれ、五百部の書物を書いて小乗仏教の普及伝道につとめられました。鹿を追う猟師は山を見ず・・・という諺がありますが、小乗仏教に心酔する余り、大乗仏教を誹謗されました。お兄さんの無着菩薩は早くより大乗仏教を信奉し、その幽玄にして深い奥義に達しておられましたので、弟の天親菩薩が大乗仏教の尊さを知らずして、徒(いたず)らに誹謗しているのを心痛して、ある日手紙を送られました。

「今、私は重い病気の為に日夜苦しんでいる、是非逢いたいから早く帰って来るように」と。天親菩薩は驚いて、夜を日についで兄さんの元に帰って行かれました。お兄さんは元気で病気のような様子が見られません。
「お兄さん病気はどんなぐあいですか?」

と問われると、

「私は体の病気ではない、お前の為に今重い心の病気で日夜苦しんでいる」
「それはまたどういうことですか。」
「お前は幽玄な大乗仏教の真意を知らず、小乗仏教に心酔する余り、大乗仏教を謗って、せっかく仏門に入りながら日々地獄の業を造っている。それを思うと私の胸は傷んで張りさけるばかりである。」
「兄さん、では大乗仏教とはどんな教えですか。」

 それからお兄さんより大乗仏教の幽玄な道理を聞いて行かれました。一を聞いて十を覚る英才であられた天親菩薩は、忽ち大乗仏教の真意を体得されて、

「ああ、私は知らないとはいえ、何と恐ろしい罪をおかしたことであろうか」

と深く後悔して、大乗仏教を謗った舌を噛み切り、その罪を償おうとされました。お兄さんの無着菩薩はそれを止めて、

「一度大乗仏教を謗った罪は、そなたの舌を千枚噛み切っても償えるものではない。大乗仏教を謗ったその舌で大乗仏教の尊さを広く説いて、人々を救うことこそ、真に罪を償う道である。」と諭されました。

 それからこの道を更に深く深く学んで、また五百部の書をつくって大乗仏教の布教伝道につとめられたのです。よって後年、天親菩薩を龍樹菩薩と共に千部の論師とあがめられました。天親菩薩は小乗仏教を学び尽し、更に大乗仏教を究められました。何れも天親菩薩の知的欲求は満たされたでしょうが、そこには天親菩薩自身の生死の問題、命の行方を解決することは出来なかったのであります。

 天親菩薩は生死の問題、命の問題は、お釈迦様がお説きになった阿弥陀如来の本願を信じ、仰せ一つに素直に信順する他力の一心(信心)によってのみ、解決することが出来ると確信されるに至りました。そうして天親菩薩は、あらゆる衆生と共に本願を信じ、浄土を願生して行かれました。このことを具(つぶさ)に説かれたのが『浄土論』であります。

 そこで『浄土論』の冒頭に先ず自分の信仰を表白され、遠く900年の隔りはあっても、眼前にお釈迦様がまします如く、「世尊よ、私はあなたのお説きになられた阿弥陀如来の仰せに信順し、阿弥陀如来の安楽浄土を願生します」とお述べになりました。そうして大無量寿経によってその教えを明らかにして、他力本願のお心を顕わして行かれたのであります。

 ここで私達が心ひかれるのは、小乗仏教の教理、大乗仏教の哲理を究めて、千部の論師と仰がれた天親菩薩も、生死の問題については、その学識を離れて、煩悩一杯持った凡愚の立場に帰って、あらゆる人々と共に手を取り合いながら、本願を信じて浄土を願生されたことであります。

 闇を破るものは光であり氷を溶かすものは熱であります。私達の真実救われて行く道は私達の学問修行を如何に究めてもその中からは出て来ません。煩悩渦巻く迷いの世界を超えた清浄真実のみ仏の世界から呼び給う無碍光仏の本願の力による外はないということにはかなりません。

 親鸞聖人はこのことに深い感銘を受けられまして「天親菩薩『論』(浄土論)を造りて説(と)かく、無礙光如来に帰命したてまつる。修多羅(しゅたら)(=お経)に依りて真実を顕して、横超の大誓願を光闡(こうせん)す。」と讃詠され、即ちこの意を正信偈意訳には

  天親菩薩論を説き
  ほとけのひかり仰ぎつつ
  おしえのまことあらわして
  弥陀の誓いをひらきます

と述べられています。

二 天親菩薩の勲功=一心願生

広由本願力回向 為度群生彰一心

 天親菩薩の足跡を讃嘆されて、次にその勲功を讃えられたのがこの二句のお言葉でありますが、この二句より終りまでは『浄土論』に説かれているお意(こころ)をお述べになったのであります。

 天親菩薩の功績は、愚かな凡夫の為に、本願即ち第十八願に往生の正因と誓われてある至心・信楽・欲生(まことに疑いなく我が国に生まれんと欲(おも)う)の三心が、本願力によって恵まれる他力の一心と開顕されたことであります。

 阿弥陀如来の仰せに素直に信順する一心こそ本願力の恵みであり、この一心によって総ての凡夫が浄土に往生出来るのであります。

 ではどうして本願に誓われた三心を、天親菩薩は一心と顕わされたのでしょうか。また三心がどうして一心に収まるのでしょうか。これについて親鸞聖人は『教行信証』(信の巻)に、三一問答という一段を設けられて、この解明に力を注いでおられます。そのお意(こころ)を要約して述べてみますと

「お尋ねします。本願の第十八願にはすでに至心信楽欲生と三心が誓われてあるのに、何ゆえ天親菩薩は一心と仰せになったのでしょうか。」

「お答えします。天親菩薩のこころは量(はか)り知ることは出来ませんが今私親鸞が推測申しますとそれは愚かな衆生に、たやすく領解せしめるためです。阿弥陀如来は本願に三心を誓われましたが、さとりの真実の正因はただ信心一つでありますので、天親菩薩は三心を合(がっ)して、一心とあらわされたのであります。即ち愚かな衆生には三心と説かれても、その心が領解しにくいので、信心一つで往生の因が定まることを示すために三心をまとめて一心と顕わされたのであります。」

 次に第十八願即ち本願の三心がどうして一心に収まるのか、について三つの理由をお述べになりました。一つには字訓釈と申しまして、至心・信楽・欲生の言葉の意味を探ってみると、至心も信楽も欲生も共に疑いを離れた無疑の心でありますから、至心・信楽・欲生の三心は無疑の一心に収まるのであります。

 二つには法義釈と申しまして、法義の上から窺いますと、源信和尚の横川法語(よかわほうご)に

「妄念はもとより凡夫の地体(じたい)なり、妄念の他に別に心はなきなり」

と述べられてあるように、煩悩に目鼻をつけたように私達には、遠い遠い古(いにしえ)より今日今の時に到るまで、無明煩悩に覆われて、清浄の心もなく、真実の心もありません。従って真実の至心も信楽も欲生も私の心には起こす事は出来ません。よって大悲の阿弥陀如来は、法蔵菩薩の時に、一念一刹那の短い間にも真実清浄の心を離れたもうことなく、この三心を成就し、私に与え給うのであります。

 従って、真実大悲の手元に出来上がった三心を私達は疑いなく領受する一心であります。

 三つには三心と言えどもその体は南無阿弥陀仏の外はなく、南無阿弥陀仏の謂(いわれ)を聞き開く外なき一心であります。

 以上三つの道理を鋭く見抜かれた天親菩薩は、愚かな私達の為に本願の三心は大悲の阿弥陀如来の仰せに信順する無疑の一心にほかならず、この一心こそ、本願力によって恵まれた他力の一心であると示されたのであります。すれば私が迷いの世界を離れて、真実のお浄土、即ち命のふる里へ帰らして頂くのはただこの他力の一心の外ありません。

 このことをお正信偈の意訳、信心のうたには

  本願力の恵みゆえ ただ一心の救いかな

と歌われています。

 この一心については、二つの意味があり、一つには無二、二つには専一であります。無二とは疑う心のない一心であり、専一とは阿弥陀如来の教え一つで他の教えに心を傾けないことであります。

 ここで私達がよく気をつけなければならないのは、本願を疑っては救われないと思い込み、如何にして疑い晴れようかと我が胸を眺めて苦しんでいる人々が多いことであります。

 真剣に道を求めようとすればする程、ここに躓(つまず)いて苦しむのです。私達は先に申しましたように、妄念煩悩より外ありません。この心を見つめて、どんなに疑い晴れて綺麗な心になろうとつとめてみても、それは所詮無駄な足掻(あが)きと言わねばなりません。

 卵は自性が綺麗ですからどんなに汚れていても、洗えば綺麗になるでしょう。けれどもタドンや炭は自性が黒いから決して白く綺麗にはなりません。疑い晴れようと力むのでなく、私を救うのに微塵の不安もなく、我にまかせよ必ず救うと疑い晴れて呼び給う如来の本願のおいわれを聞いて、こんな浅ましい者を、親なればこそ、お慈悲なればこそと、仰せ一つを仰いで行くのであります。

 利井鮮妙和上がこんな譬(たとえ)でここのお謂われを説いておられます。

「箱の中に白豆五合黒豆五合入れて、がらがらと振り廻し、小さい口からどちらが出るかと問われたら、白か黒かと疑いを持つであろう。今度は黒豆九合、白豆一合入れて振り廻してどちらが出るかと問われたら、おそらく黒豆が出ると答えながら、ひょっとしたら白豆が出るかもという疑いが残るであろう。黒豆一升入れて、さあどちらが出るかと問われた時に、ひょっとしたら白豆が出るかもという疑いは誰一人として持つ者はない。

 本願力によって必ず救うと大悲の親様の方に決定(けつじょう)し、疑い晴れて呼び給うおいわれを聞き開いた時に、そこには我が心、信じ振りに用意はなく、ただほれぼれと本願一つを仰ぐばかりである。そこに疑いの入る余地はない」と。

 これが無疑の一心であります。この無疑の一心は如来の大悲に目覚め、大悲を頂いた一心であります。金剛心とも菩提心とも、また仏性ともいわれて、よく浄土に生まれる正因となるのです。

三 一心の利益

帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
遊煩悩林現神通 入生死薗示応化

 先に天親菩薩は、愚かな凡夫の為に往生の正因と誓われました、本願の至心信楽欲生の三心は、阿弥陀如来の仰せに疑いなく信順する一心であると開顕されましたので、ここにその一心の利益をお述べになったのがこの六句の言葉であります。あらゆる功徳を収められた南無阿弥陀仏の名号は、常に宇宙法界に活動して私達の上に働きかけられています。

 これは取りもなおさず、罪は如何程深くとも、障りは如何に重くとも、我にまかせよ必ず救うの大悲親様の呼び声の外ありません。聞法を通してこの呼び声に目覚めることを「帰入功徳大宝海」と仰せになりました。

 この大悲に目覚めた時、即ち信心定まる時に、迷いの世界にありながら、光明の中に摂取されますので、煩悩持ったまま、お浄土の清らかな菩薩の仲間にはいらせて頂くのです。これを「必獲入大会衆数」とうたわれました。従って、命終れば蓮華蔵世界(れんげぞうせかい)、即ちみ仏のさとりの世界に生れ行き、真のさとりを開く身にならせて頂くのであります。

 ではお浄土とはどんな世界でしょうか。天親菩薩は浄土論に浄土の相状(すがた)、働き即ち荘厳(しょうごん)、功徳を具(つぶさ)に説かれて、国土の荘厳十七種、仏の荘厳八種、菩薩の荘厳四種を説かれました。これを三巌二十九種と申されています。

 この荘厳は唯美しき妙なる飾りと言うだけでなく、その荘厳の一つ一つが功徳と言われるように衆生救済の働きをするのであります。

 『阿弥陀経』には「これより西方十万億仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽という、その土(ど)に仏まします、阿弥陀と号す、今現在説法し給う」と説かれています。これは迷いの世界を超えた彼岸のさとりの世界に阿弥陀如来がましまして、衆生救済のために説法し給うという意(こころ)であります。

 次にこの浄土にありては七宝の池の小波(さざなみ)も、木の葉にそよぐ風の音も、空飛ぶ鳥の囀(さえず)りも、清らかな菩薩の仏を讃嘆し給うみ声も、すべて念仏念法念僧と説かれてあります。これは浄土の荘厳が阿弥陀仏の衆生救済の大音説法の声であり、お念仏のひびき合う姿を示しているのであります。従ってお念仏の生活とはこの浄土の光に導かれ行く生活と言えましょう。

 この三種荘厳(しょうごん)の浄土をこの土にうつしたのがお寺であります。高く聳(そび)ゆる壮麗な甍(いらか)、美しく掃き清められた境内、み堂の中の美しい数々の飾りは国土荘厳を現し、須弥壇中央に立ちますみ仏のお姿は仏の荘厳であります。それでは今一つの菩薩の荘厳は何でしょうか。それは直接み仏にお給仕する住職、坊守、寺族の人々であると共に、本願を信じ念仏しつつ浄土に生れ行く念仏者の人々であります。

 すればお浄土の荘厳が衆生救済の働きをなしつつあるのならば、念仏を喜ぶ私達は衆生教化の尊い仕事に参加させていただくのです。浄土の菩薩の仲間に入るとは、単に言葉だけのことではあってはなりません。

 大谷嬉子(よしこ)様がお裏様として本山におはいりになられた時にその決意を

  鳳(おおどり)の雲分くるごと
  みほとけの
  みのりひろめん
  おおけなけれど

と詠われました。

 次に清らかな菩薩の仲間に入らして頂いた喜びは未だ見ぬ世界でありますが、必ず浄土に生れて仏のさとりを開かせて頂く喜びでありましょう。浄土の往生を忘れ、仏になる喜びをおいて、私達の上の何処に末通った真実の喜び、幸せがあるでしょうか。

 私の門徒の総代を長くされた、中野藤助さんが終戦後十年余り結核で病の床に伏したまま闘病生活を続けられました。その間いろんな宗教より甘い誘惑の手が延ばされましたが、それらには一度も心を動かされることなく、長い闘病の末、見事に健康を回復して、いよいよ聞法に励み、総代としてお寺の為に一所懸命働いて下さいました。

 昭和51年9月21日、惜しくも本堂建設途上、70才で亡くなられました。私はその時腕を失ったような悲しみ傷みをおぼえました。その中野藤助さんがある法座の話合いの場で、真宗に遇わせて頂いて何が嬉しいですか? との問に、

「私は凡夫が仏様にならして頂くことが一番嬉しいです。」

と答えられました。それから今一つは高校時代明信寺のYBAに来ていた増田雅子さんが昭和46年3月高校を卒業して、県外に就職して行く前の最後の例会の時に、

「先生、私は三年間YBAに来て、高校で学んだ学問の外に、もっともっと広い世界があることを知らされました。それはお念仏によってお浄土に生まれると言うことです」

と話しました。この二人の言葉が今も私の胸に鮮やかに残っています。

 親鸞聖人はこの感激を「得至蓮華蔵世界 即証真如法性身」とうたわれたのであります。

 一(ひと)たび浄土に生れ、さとりを開いた暁には、再び迷いの世界に帰り来て、お釈迦様がさとりの世界からこの迷いの世界に現れて、自由自在に苦悩の衆生を救われたように、私達も衆生教化の働きをさせて頂くのです。

 本願を信じ、念仏しつつ浄土に生れ行く相(すがた)を往相(おうそう)と言われ、浄土からこの世に現れて、人々を救う相を還相(げんそう)といわれます。これを親鸞聖人は、

  安楽浄土にいたるひと
  五濁悪世にかへりては
  釈迦牟尼仏のごとくにて
  利益衆生はきわもなし

と詠われました。又私達が浄土に行く相も浄土から還り来る相も全く阿弥陀如来の本願力の恵みの外ありません。従って親鸞聖人は往相廻向、還相廻向と仰せになり、和讃に

  南無阿弥陀仏の廻向の
  恩徳広大不思議にて
  往相廻向の利益には
  還相廻向に回入せり p609

と讃嘆されるのです。

 この事を静かに思う時に、私にはキリスト教と親鸞聖人の教えが頭に浮んでまいります。この二つの宗教の同異点を尋ねますと、三つの共通点と三つの相違点があるようです。

 先ず共通点を申しますと、

一、キリスト教は神の愛によって天国に生れ、
  浄土真宗は阿弥陀如来の慈悲によって浄土に生れる。

二、キリスト教は富める者の天国に入る事はラクダに乗って針の穴を通よりも難しい。
  浄土真宗は邪見驕慢の悪衆生、この法、信楽受持する事甚だもって難し、難中の難之に過ぎたるはなし。

三、キリスト教は、我の来れるは病める者の為なり。
  浄土真宗は善人なおもって往生をとぐ、いかにいわんや悪人をや。

 次に相違点は

一、キリスト教は叩けよ開かれん、祈れよ救われん。
  浄土真宗は救いの光は既に注がれている、聞けよ大悲に目覚めよ。

二、キリスト教は天国にて神の下僕となり神に仕える。
  浄土真宗は阿弥陀如来と同じさとりを開き、仏になる。

三、キリスト教は天国は救いの終局点。
  浄土真宗では浄土は衆生救済の出発点。

 このような同異点を挙げることができます。

  帰入功徳大宝海 必獲入大会衆数
  得至蓮華蔵世界 即証真如法性身
  遊煩悩林現神通 入生死薗示応化

  ほとけのみ名に帰してこそ、浄土の聖衆(ひと)のかずに入れ、
  蓮華の国にうまれては、真如のさとりひらきてぞ、
  浄土の薗にかえりきて、まよえる人を救うなり (正信偈意訳)

 のお言葉を拝読する時に、次のようなことが頭に浮んでまいります。即ち、浄土真宗では、如何に悲しい別れをしても、それは永遠の別れでなく、本願を信じお念仏を喜ぶ私達には必ずまた逢える世界が約束されているということであります。

 幼くして両親にお別れになった親鸞聖人は、父母の行方を求めて出家され、ひたすら道を求めて行かれましたが、このお念仏の世界に於て、はじめてその切なる願いが円かに叶えられたことでありましょう。

 またその喜びは晩年、関東の愛弟子に送られた手紙の中に、「浄土にて必ず必ず待ちまいらせ候べし」と温いお言葉となって表れています。

 この言葉に接する時、私は親鸞聖人とは遠く700年の隔りはあっても、聖人の温い体温に触れるような懐かしさを感じるのです。