第十章 真宗の現世利益(その一)

 先生、私は真宗の家に生まれ、今迄もよくお寺に参っております。それで死んだら阿弥陀様に助けられて御浄土に参らせて頂き、生きている間は神様からこの世の利益(りやく)を頂こうと、この様に思っておりますが、これでいいでしょうか?

一、親鸞聖人の教えを聞きながら

 これは私が学生時代に、恩師利井興隆先生を訪ねられたある婦人の言葉であります。その時先生は大喝(だいかつ)一声、「馬鹿者!」と言葉鋭く叱られました。私は今も時々その事が頭に浮ぶのであります。

 しかしこうした人達は、浄土真宗の門徒の中にも随分沢山あるのではないでしょうか?かねてお寺に参っている人達が少し不幸や躓(つまず)きにあうと、いかがわしい宗教をたずねて迷う人を多く見受けます。浄土真宗の教えを聞きながらどうしてこんな誤ちに落ち込んで行くのでしょうか?それは説くほうの罪か、聞くほうの誤ちか、その責任はしばらく置いて、死んだら仏様、生きている間は神様。こうした受け取り方をした理由をよく突き詰めて明らかにする事が大切であると思います。

 これには先に申しました徳川幕府の宗教政策による社会的な理由も考えられますが、その事は前に申しましたので、今は教えの面からその理由を考えてみたいと思います。

 総ての人々をまるの他力で救おうと建てられた阿弥陀如来の本願(他力本願)は、罪深い悩み多い悲しい人々を目当てにしたもの(悪人正機)であり、その仏の本願が成し遂げられる所が浄土であります。(往生浄土)これが浄土真宗の教えであります。

 この事を浄土真宗の三本柱として、

 一、他力本願
 二、悪人正機
 三、往生浄土

と言われ、これが浄土真宗の特異性であります。従って仏の救いの完成される所が浄土であり、私達迷いの凡夫が浄土に生まれて仏の悟りを開くのであります。これは仏教の中の聖道門(しょうどうもん)、此土入聖(しどにっしょう)、自力の教えに対して、浄土門(じょうどもん)他力の教えと言われるのであります。

 聖道門自力の教えでは厳しい修行によって自己自身を磨いて、この土で悟りを開く事を教えられます。浄土門他力の教えでは、この世にいる間はあくまであさましい心を一杯持った凡夫であって、浄土に生まれて初めて私達の最高理想である、限り無い智恵と慈悲を身につけた仏となるのであります。従って浄土真宗は命終わって後の救いと取り誤るのも止むを得ない一面があると思います。

 しかしここで私達が見落してならない大切な事は、み仏の本願が苦悩の衆生に働きかけられる時は何時であり場所はどこかという事であります。それはあくまで時を言えば苦悩する今であり、場所を言えば苦悩する私の上、即ちここであります。さすれば本願に遇(あ)い本願に支えられて生き行く時は、正しく今でありこの場であります。こうした事を鋭く感知された親鸞聖人は、

 “遇(あ)ひがたくしていま遇(あ)ふことを得たり
 聞きがたくしてすでに聞くことを得たり”

と、本願に遇うた喜びの中にこよなき我が身の救いを感じとられました。

 インド中国日本の三ヶ国に亘り、釈尊より二千年の長い間幾多の高僧が出られて浄土に往生する道を説かれましたが、その中にあって親鸞聖人程、現実の救いを強く説かれた方はありません。親鸞聖人のお心に従えば、この世の縁つき命終って浄土に救われて行くという事は、今この世で本願に遇い本願に救われた者である。今救われずしてどうして未来に救われるはずがあろうかという事であります。

 これを本願寺中興上人と仰がれる蓮如上人は、浄土真宗の救いについて、正定聚(しょうじょうじゅ)と滅度(めつど)の二つの救いがあると説かれました。

 正定聚(しょうじょうじゅ)は、今み仏の光明に摂取されて必ずお浄土に生まれて仏になる身に定まった事であり、滅度とは、怒り腹立ちの煩悩の炎が消えて迷いを離れて仏の悟りを開いた事であります。正定聚(しょうじょうじゅ)はこの世の救い、滅度は彼の土の救いと明瞭にお諭しになりました。

ここに立って親鸞聖人の教えを頂く時に、聖人のお書きになった書物の中には未来浄土に生まれていく喜びと共に現在今、救われた喜びを声高らかにうたいあげられている言葉は枚挙にいとまありません。次の章で詳しく申しますが、『御本典(ごほんでん)』(『教行信証』)信の巻に、

 「金剛の真心(しんしん)を獲得(ぎゃくとく)すれば、横(おう)に五趣(ごしゅ)八難(はちなん)の道(どう)を越え、必ず現生(げんしょう)に十種の益(やく)を獲(う)る」

と述べておられます。このお言葉の意は、み仏の本願に目覚め信心を頂いたものは、仏の願力によって迷いの苦悩の世界を超えて浄土に生まれて仏の悟りを開くのみならず、この世に於て直ちに十種の大きな利益(りやく)を獲るとお諭しになったのであります。この十種の利益(りやく)の意を晩年に十五種の『現世利益(げんぜりやく)和讃』に著わして、私達にやさしくお示しになりました。

 南無阿弥陀仏をとなふれば
 この世の利益(りやく)きはもなし
 流転論廻の罪消へて
 定業(じょうごう)中夭(ちゅうよう)のぞこりぬ

 一切の功徳にすぐれたる
 南無阿弥陀仏をとなふれば
 三世(さんぜ)の重障(じゅうしょう)みなながら
 かならず転じて軽微(きょうみ)なり

 南無阿弥陀仏をとなふれば
 十方無量の諸仏は
 百重千重(ひゃくじゅうせんじゅう)囲繞(いにょう)して
 よろこびまもりたまふなり

 願力不思議の信心は
 大菩提心(だいぼだいしん)なりければ
 天地にみてる悪鬼神(あっきじん)
 みなことごとくおそるなり

等と、声高らかに詠っておられます。ここに往生浄土の道を説く浄土真宗が、ただ未来だけの救いでない事が明らかに了解される事でしょう。

二、現世祈祷について

 浄土真宗が未来だけの救いであるという誤解を与えた今一つの理由は、現世祈祷(きとう)の否定にあると思います。親鸞聖人は徹底的にこれを嫌いこれを排斥されました。

 当時、日本仏教を代表する奈良の寺々、また比叡のみ山に於て、旱天(かんてん)が続けば雨乞(あまご)いの祈祷をし、悪病が流行すれば護摩(ごま)を焚(た)いて病魔退散を祈るという様に、祈祷に明け祈りに暮れていました。その南都(奈良)北嶺(比叡山)の仏教を鋭く批判して、

 五濁増(ごじょくぞう)のしるしには
 此の世の道俗(どうぞく)ことごとく
 外儀(げぎ)は仏教のすがたにて
 内心外道(げどう)に帰敬(ききょう)せり

と、『悲歎述懐(ひたんじっかい)和讃(わさん)』に述べておられます。即ち人の心が濁って正法が見失われた証拠に、身に衣をまとい袈裟をかけ口にはお経を称えているから姿形は仏教の様であるが、僧侶もこれに従う人々もその行なっている事は仏教ではない、外道の行為だと歎かれました。

また、念仏を称える人々に対しても、

 仏号(ぶつごう)むねと修(しゆ)すれども
 現世を祈る行者(ぎょうじゃ)をば
 これも雑修(ざっしゅ)と名づけてぞ
 千中無一(せんちゅうむいつ)ときらはるる(善導讃)

即ち如何にお寺に参りお念仏を称えていても、現世祈祷に心を動かす間はみ仏の慈悲がわかっておらない証拠である。そういう人々は千人の中一人も、お浄土に往生する事は出来ないと厳しく戒められたのであります。この様に現世祈祷を退けて、世に稀な祈りの無い宗教を打ち建てられたのであります。それは一つには、釈尊の教えを正しく継承されたからに他なりません。

 仏教を貫く精神は先にも述べました様に、自らを師とせよ自らを灯とせよ、法を師とせよ法を灯とせよ。即ち汝を救うものは汝自身である。故に汝は正しき法を寄る辺とし灯として、心豊かに生きなさい、という心であります。

 親鸞聖人は、自らを師とせよ自らを灯とせよ、の精神を承けて一切の現世祈祷を否定しこれを退けられました。また、法を師とせよ法を灯とせよの心によって他力本願の宗教を開顕(かいけん)されたのであります。ここに一切の現世祈祷を否定された親鸞聖人こそ正に、仏教の真実の精神を継承されたといえるでしょう。

 又現世祈祷を否定された第二の理由は、仏教の立っている根本の道理であり宇宙の真理である因縁因果の法則に背くからであります。私達が現実の生活の上に受けてゆく、いや受けていかねばならない吉凶禍福(きっきょうかふく)の運命は神の意志に依るものでもなく、仏の掌中に握られているものでもありません。また、生まれながらにして定まっているという固定的なものでも無く偶然に起こってくるものでもありません。因縁因果の法則によって展開していくのです。

 それは私の蒔(ま)いたそうなるべき原因に、それを助けるいろいろな縁が加わって起るのであります。従って、私達の生活の上に現われる喜び悲しみは全て自己の責任と受け止めて行くのです。またこの運命は私達の努力によってどちらにも変わっていく可能性を持っています。これを自業自得とも言われています。この因縁因果の法則は、仏様といえども曲げる事はできないのであります。

 すれば人間自らの努力によって解決すべき問題を、徒(いたず)らに神や仏に祈ってその力にすがり解決しようとする事は、今申しました因縁因果の法則に背いている事は明らかでありましょう。これはたとえていうならば山に行って魚を探し、海に行って獣を求めている様なものであります。

 そこに親鸞聖人が徹底的に現世祈祷を排斥された理由があります。しかしここでも見落してならない大切な事があります。それは親鸞聖人は厳しく現世祈祷を否定されましたが、決して現世利益は否定されませんでした。否むしろ、他力の信心に依る現世利益は強く強く主張された事は、第一節で述べた通りであります。以下、節を改めてこの問題を更に考えてみたいと思います。

三、利益の現れる時

 宗教は何れの宗教でも利益(りやく)を説かない宗教はありません。正に利益は、宗教の生命ともいうべきものでしょう。けれども自力信心の利益と他力信心の利益とは名前は同じでも、その現われ方、物柄が、全く違うという事を見落としてはなりません。それは自力の信心と他力の信心とは、名前は一つであってもその物柄が、ころっと違うからです。その違い目は祖先の方々が日常の言葉の中によく使い分けていられます。

 自力の信心の場合は信心すると言われますが、他力信心を説く浄土真宗では御信心を頂くと申します。外の宗教では何々様を信心すると申しますが、浄土真宗では決して阿弥陀様を信心するとは申しません。自分が信心するという事と御信心を頂くという事はその物柄は、はっきり違っている事がよくお解りと思います。従って自力の信心から現われる利益と他力の信心によって恵まれる利益は、その現われ方も物柄も大変違うのです。

 自力の信心では一生懸命信心しなさい。そのうちに利益は現われてくるでしょう、と説かれます。その利益が現われない時にはまだ本人の信心が足りないと言われ、本人が一生懸命になっている場合には、家族に信心が足りないと言われます。家族も一生懸命なっている時には親類の者の信心が薄いからと言われます。そんな事が本当にあるのか、と思われるかも知れませんが私は色んな話合い法座の場でこうした実例を、よく聞かされてその解答を求められる事があります。

 ともかくその良し悪しの批判はしばらく置いて、信心と現われる利益の間には時間の隔たりがある事は否定できません。

 これに対して他力の信心の利益は時間の隔たりが無くて、信心利益同時であります。これが他力信心を説く浄土真宗の特徴であります。親鸞聖人は御和讃に

 金剛堅固(こんごうけんご)の信心の
 さだまる時をまちえてぞ
 弥陀の心光摂護(しんこうしょうご)して  
 永く生死(しょうじ)をへだてける(善導讃)

 つまり聞法を通してみ仏の慈悲に目覚め金剛の信心の定まる所、間髪を入れず阿弥陀仏の心光に照護される事を讃嘆されたのであります。

 これを例えていいますと、山の端に昇った月を眺め、ああ良い月だなあ、と月の姿が見えた時が私の身体全体が月の光に包まれた時であります。今、月が見えたからそのうちに、私が月の光に包まれていくだろうという様な事はありません。それは月の光が私の眼に映ればこそ月の姿が見えたのですから同時と言われるのです。

 他力の信心は私が教えを聞いて色々思案を巡らして、それによって決めていくのではありません。

 “衆生可愛いや、必ず救う”

と立ち上がってくださった大悲の親様が計り知れない久遠の古へから、私を呼び続けていてくださるのです。この大悲の呼び声に目覚めさせて頂いた所を、他力の信心といわれるのであります。今から約百二十年前になくなった六連島(むつれじま)のおかるさんの歌にこんなのがあります。

 おかる おかると呼びさまされて
 ハイの返事も向うから

と、他力信心の風光を鮮やかにうたい上げています。

 “月の光で月を見る
 仏の慈悲で仏を知る”

ここに信心定まる所、限りなき利益を同時に頂くのであります。これによって自力信心と他力信心の利益の時間的相違をはっきり知る事ができます。

四、利益の物柄

 前節に於て自力信心の利益(りやく)と他力信心の利益の時間的な相違についてお話し致しました。それに続いて利益の物柄、内容について考えてみたいと思います。自力信心の利益とはどんなものでしょうか。否一般の人々はどの様に考え、どんな利益を期待しているのでしょうか?それについて柿の谷正信偈会、話し合いの場でこんな話が紹介されました。

 かねてより朝晩よく仏様にお参りし御(お)給(きゆう)仕(じ)をしておられた方だそうですが、何か不幸が続いたので、

 「私は先祖の位牌にはお線香もあげお茶も供えますが、仏様のお給仕を止めました。」
と言われたのです。そこで、
 「どうして止(や)められたのですか?」
と尋ねられたところが、
 「あんなに朝晩欠かさずお参りしてお給仕していたのに、こんなに不幸が続いたから。」

と、言われたそうです。その人は仏様の朝晩のお参りに、今日一日幸せであります様に、事故が起こりません様に、という気持ちからお参りしていたのにその期待が外れてしまった。だから仏様にお参りしても何にもならないと考えられたからでしょう。私達は、

 (何だ馬鹿なことが)

と思いますが、こんな人が案外多いのではないでしょうか?否、これが現在の殆んどの日本人の宗教に対する考え方でしょう。

 祈りの無い宗教と言われる真宗の教えの中に育てられた門徒の中にも、こんな方が随分多いように思われます。私の知っている人がこんな事を言われました。生まれた家も真宗、嫁いで来た家も真宗、そこで毎月お寺から逮夜(たいや)のお参りに来て貰っていましたが、子ども二人を続いて亡くしてからそれを断りました。

 別に仏様の罰を受ける様な悪い事をした覚えもない。また毎月お坊さんに来て貰ってお経をあげて貰っているのに、二人の子どもが死んで行った。これではお経をあげて貰っても何の意味もない、と言われるのです。

 こうした話を通して、現在の人々が宗教に期待しているものは何か、という事を知ることが出来ます。それは人間以上の神仏の力によって人間の欲望を満足させてもらおう、という事でしょう。

 このように私達は日常生活の中で、健康である様に、また事故や災難が起らない事を願ってはいますが、何時どんな病気をしたり不幸災難に逢うか解りません。私達が一処懸命努力してこれを避けようとしても、そうした人間の力には限界があります。その人間の力の足りない所を神仏の力にすがって、私達の願いを叶えて頂こうとするのです。そこに宗教の価値を認めそれを御利益と考えています。

 人間のこうした欲望をそのまま叶えてもらえる神仏があるならば非常に便利で、人間は総べて幸福になれると私達は思う事でしょう。しかしこうした霊験(れいげん)あらたかな御利益(りやく)を与える神や仏があったと仮定しても、果して人間は幸せになる事が出来るでしょうか?

私はこの事について恩師山本先生からこんなお話を聞いた事があります。イギリスに伝わる偶話だそうですが、

 新しい村が出来ました。そこで村人の心の拠り所として神様を祀る事になり、どんな神様にしようか?と話合った所皆、

 「神様だから人間の道を正しく守って行く事を教える神様がいい。」
と申しました。ところがその中の一人が、

 「そんなしち難しい神様より人間の願いを何でも叶えてくださる神様がいい。」

と言い出し、皆もそれに賛成してしまいました。この神様は誠に霊験あらたかで、村人の願いはどんな事でもみな叶えてくださるのです。初めの間は本当にありがたい神様だと感謝していました。

 ところがここに困った事が起りました。一人の心やさしい美しい乙女に、二人の青年が恋をしたのです。乙女の心は迷ってなかなか決まりません。そこでAの青年がこんな時の神様だと早速御参りして、乙女の心が私に傾いて結婚出来ます様にとお願いしたらその願いが叶って、結婚する事が出来ました。

 ところがBの青年は幸福そうな二人を見ると、腹の虫が治まらず、二人が死んでしまう様にと願いをかけました。神様は公平無私ですからその願いを聞き入れられてたちまち新婚の夫婦は死んでしまいました。

 これを見て村人は驚いて、人間の願いを叶えてくださる神様はありがたいとは思ったがこう何でも聞いてもらっては今後、この村はどうなるかわからない。そこで村人は相談して一同打揃いお参りして、

 「神様これからは、人の願い事は絶対聞いてくださいますな。」 

とお願いしました。それ以後神様は、人間の言う事を聞かれなくなったという事です。

 私はこれを聞いて、このお話を書いた人はすばらしい宗教的英知を持った人だと思いました。人間の力の足りない所を神様に頼る。ちょっと聞くと当り前の様でありますが、神様に願いをかけようとするその人間の願いが、問題なのであります。人間の願いとはどんな美しい言葉で飾って、道理のある様に言ってみても、自己中心の心から離れる事はできません。その自己中心の人間の願いをそのまま叶える神、仏がもしあったとするならば、世の中は真暗闇になるでしょう。

 ここに今日多くの人が求めている、祈りに依って与えられる宗教の利(り)益(やく)が不純で、正しいものでない事に気付かれるでしょう。正しい利(り)益(やく)とは、祈らずして自ずと恵まれる利(り)益(やく)でなければなりません。古歌に、

 “こころだにまことの道に叶いなば

  祈らずとても神や護らん”  

と言うのがあります。私はこうした事を思う時700年前の中世の頃、祈祷に明け祈祷に暮れている当時の仏教界、また一般の人々は、天災地変に脅かされ迷信に引きずり回されて右往左往している時、一切の祈りを退け祈りなき宗教を宣言しつつ他力信心によって自ずと恵まれる現世の利益を、高らかに説かれた親鸞聖人の風格が懐かしく慕われます。

 東大教授の故辻善之助博士が真宗700年史を書かれた時、冒頭に、

 「比較的知性の低い日本人が過去700年の間良く迷信の惨害から免れたのは、親鸞聖人の教えがあったればこそである。もしこの教えがなかったなら、日本人はもっともっとひどい迷信の惨害を受けていたであろう。」
と言う意味の事を述べておられるそうです。

 では、迷信を排除して説かれた現世利益とはどんなものでしょうか?